運命の人と別れが心配に!再会のチャンスを引き寄せる一番大切な事とは!
運命の人というのはたとえ一時、別れたとしてもいずれまた再会。
ちゃんと自分の元に戻ってきてくれる、と聞いた方は多いはずだ。
運命の人は貴女と何らかの深い縁で繋がっている、すごく大切な人になる。
だから別れても大丈夫、再会するのがつまりそういう「運命の人」との“つながり” といえるかも知れない。
でも、そんな大事な人と一時でも別れてしまうものなのか?
そして本当に苦もなく再会出来るのだろうか?
運命の糸が頼りの話だけに、すごく心配したり悩む方も多いはずだ。
そういう不安の渦中に貴女がいるのなら、ぜひこういう考え方や行動をしてみてはいかがだろうか?
別れても運命の人とは確かに再会出来る!けれどちょっと注意が!
はっきり最初に結論を言ってしまいたい。
運命の人というのは、確かにいったん何かの理由で別れ別れになったりしても、いずれどこかで再会してしまうことが多い。
先々のことなので、あくまでも「多い」とだけお伝えしておくけれど、これは実はウラの意味がある。
どういうことかというと、
“最初からその人が運命の人だとは、誰もわからない”
ということだ。
ある人と仲違いしたり、喧嘩別れしてそれっきりになった。
けれどその後、二人に全然縁のないような遠い場所でばったり再会してしまった。
だからその時、お互いに
「私たち、実は運命の人だったんだ?」
みたいに思えるようになる。
つまり私たちは別れた後で偶然の偶然に再会したりして、初めてその人に違いない、と理解するようになる。
そういう後知恵でしかわからない。
つまり、あくまでも
“「最終的な結果」を見て、その男性が運命の人だったかどうかを判断するしかない”。
最初から誰もわからないこと、と考えるべきなのだ。
霊感質の友人に聞いても「最初からわかるものではない」?
これについてもう少し語ってみると、霊感質な友人が私にはいて、その彼女がそう語っていることでもある。
結構仲間内での人相とか運命を観るけれど、結局彼女も自分の恋愛体験を通じてわかったことということで、
「運命の人かどうかは前もってわかるようなことじゃない」
と言い切るのだ。
確かに最初であった途端、ピーンとくるような彼だったらしいけれど、結局考え方とか性格などが合わなくて、はっきりと別れている。
その後確かに同じ街に住んでいたためもあって再会することもあったけれど、お互い“普通の人同士”の関係で、いまだに続いている。
その彼女もすでに別な男性と所帯を持って、子供までいたりする。
思い込み、恋愛依存の表れ?
自分たちよりもそういう勘の鋭い人が言い切っているのだから、結局のところ「運命の人」と言うことにあまり過ぎたこだわりはしない方が良いかも知れない。
少なくとも彼女はそう語っている。
ただ、自分自身でわからなかったとしても、そういう運命の人と別れてしまった場合、後で再会できるものなのか、女性だったらやっぱりすごく心配になってしまうはずだ。
しかしながら、この霊感質の彼女も語っているのだが、何を持って「運命の人」と特定の男性を決めらるのか?
繰り返すけれど、これはあくまでも“結果論”でしかない。
本当に神様の配剤。
もっとはっきり言えば、誰にもわからないことだ。
それをあくまでも
「あの人は絶対私にとって 運命の人に違いない」
と決めてかかるのは、結局は依存。
思い込みしていたい、恋愛していたいという恋愛依存から出発していることで、いわば自分自身の都合によるものでしかない。
その結果、出会いの可能性を自ら狭くしたり、限定的にしていたりして、ある意味自分の将来を痛めている可能性も否定できない。
再会したい時にしてみるべき2つの努力
だから、別れた運命の人と果たして再会するのかどうか、心配になって仕方がない女性に対して彼女が言うのだけれど、
「本当に心配になるなら、しっかりそういう人を『引き寄せる』努力はした方が良い」。
「努力というと大げさだけれど」
と彼女は続けるのだが、要するに別れて離れている時、いろいろ“すべきこと”があるはずだ。
大切な2つのことをお伝えしておこう。
『1』自分の欠点を見つめて修正する
一つには、別れた原因を見つめ直すこと。
それでもし、自分の方にも欠点や非があって、それが別れの原因になっていたりしたなら、“新しい出会いへの準備”としてもそれをしっかり修正していくことだ。
「新しい出会い、つまり他の男性との出会いのため、としてかまわない」
と彼女。
なぜなら、これまでお伝えしたように運命の人が別れた元彼だとは限らない。
全方向的に自分自身を考えてみた場合、元彼と再会するかどうかも含めて、新しい出会いを考えなくてはならない。
そしてそのためには、直すべきところは直した方がより建設的な考え方だからだ。
『2』重くて暗い女をやめる
もう一つは、重い女よろしく元彼をしつこく追いかけようとしないことだ。
重い女の一番ネガティブな特徴になる。
けれど、重い女だとどうしても暗い女性に見えてしまう。
結局そんな陰気さを引きずることは、たとえ元彼とヨリを戻したり再会したとしても悪印象になるだけでしかない。
だから、万一再会した時には、旧友のようにして明るく振る舞ってあげること。
そして、男と女の話にはもうこちらからタッチしない方が賢明だ。
出雲大社の手水舎で元彼と再会した友人
そういうわけで、運命の人は確かにいるけれど、別れても再会したからと言ってその人がそうだ、ということにはならない。
あくまでも結果論。
私たちは誰も前もって決めてかかるのはムリ。
もっと謙虚であるべきだ。
ただ、最後に。
確かにそんな「別れた、けれど怖ろしい偶然で再会した」というケースが私の知人にもある。
ボロクソに喧嘩別れした元彼にウンザリして、それでも験直しというか新しい出会いを祈りにはるばる出雲大社までお参りに行ったアラサー女子がいる。
ところが彼女がその手水舎(ちょうずや)で手を清めていた最中、真向かいに同じ事をしている元彼がいたそうだ。
すぐに彼女のことに気づいて、同じようにびっくり仰天した元彼。
だがその直後、思いっきりしかめ面をしてきたという。
彼女も負けずに仏頂面して応酬。
「何でお前がここにいるんだふざけるな」
「貴方こそ何?あーウザいウザい!」
口にこそ出さなかったが、お互いこんな言葉を“顔に出して言い合った”とのこと。
お陰で日本一つまらない出雲神社詣でになったようだ。
笑っちゃいけないかも知れないけれど、こういうのはおそらく“腐れ縁”ではないだろうか?
林 信江